今後の展望


今でこそコスト高なタンパク質の量子化学計算も、今後の計算機の発展を考慮に入れれば、まもなく誰でも簡単に実行できる時代が到来することは明らかです。10年後には確実に、パソコンが現在の超大型計算機の能力を持つでしょう。したがって、これまで古典論による解析が主であったタンパク質の研究に一大革命をもたらすことになるでしょう。このような時代に先駆けて、本システムを整備することは急務の課題であることは明らかです。

本システムは、ポストゲノム時代のバイオおよびナノテクノロジー研究に役立つ実用的なツールとなるものと期待できます。そこで、簡単に、社会への期待効果と今後の展望について述べることにしましょう。




1. 創薬

実験結果を検証できるほど信頼のおける精度を持ったシミュレーションシステムが登場すれば、様々な応用が考えられますが、例えば、すぐに応用可能とおもわれる分野は研究トピックス:インスリンのようなゲノム創薬です。一般的には、創薬にはさまざまなポストゲノム技術(図1)をカップルさせる必要があります。簡単なモデルケースとして、まず、質量作用則などのマクロ方程式に基づくタンパク質間の相互作用を解析するセルシミュレーションによって、タンパク質の反応速度を変化させると最終生成物の生産量が大きく変化する(パラメタセンシティブな)タンパク質を抽出します。これらのタンパク質が改変候補となります。次に、ゲノム解析を用いて、そのタンパク質のホモロジーサーチや活性部位の推測を行い、遺伝子操作によって機能を変えずに反応速度を変化させることができるアミノ酸残基を同定します。続いて、擬似臨床検査を通して、遺伝子操作を行った配列が一般に、あるいは個人のレベルで毒物ではないかを調べます。ここで、次世代量子化学計算の登場です。量子論に基づく、立体構造予測・ドッキング解析、さらには反応速度予測などを通して、In silicoによる遺伝子操作実験を行い、望みのタンパク質をデザインします。そして最後に大量発現系に還元し、実際の臨床実験に移行するという段取りです。

このように、次世代量子化学計算システムでは、計算機環境の更なる発展に伴い、タンパク質の構造解析や反応予測が可能となり、1ランク上のレベルで創薬候補の絞込みを実現できるはずです。





図1 ポストゲノム時代に鍵となる技術と次世代量子化学計算(赤字)




2. タンパク質分子素子

ProteinDFはタンパク質を基にした分子素子の設計に適しているでしょう。そもそも、タンパク質の主な素反応は電子授受なので、スイッチやメモリ素子への応用が期待できます。ターゲットの一つは光合成反応中心タンパク質です(図2)。この仕組みを理解し、遺伝子工学による操作やミディエイターの開発、糖鎖などによる保護を行って、堅固な素子として人工的に設計・作成することができるようになれば、効率ほぼ100%の太陽電池への道が開かれます。また、ProteinDFのロゴ分子であるシトクロムc3(図3)はヘムを4つ持ったタンパク質ですが、このそれぞれのヘムに電子を取り込んだり、引き抜いたりできます。全部で32個の状態があり、これを利用してユニークなスイッチやメモリが作成できるかもしれません。また、分子センサーはすでに多くのものが応用されていますが、これらは主にタンパク質の基質特異性を利用しています。したがって、一つの基質により強固に結合するタンパク質を設計できれば、分子センサーの精度が飛躍的に向上するでしょう。





図2 光合成反応中心タンパク質。1,000残基規模の超大型タンパク質である。





図3 ProteinDFのロゴ。バックの分子はシトクロムc3。4つのヘムを持つタンパク質である。




3. ナノテク分子

ProteinDF は別にタンパク質だけしか計算できないプログラムではありません。大規模分子系が扱える計算エンジンとしての能力は十分です。しかし、タンパク質にしても、ナノテク分子にしても、ユーザがプログラムを使用して計算を行いたいと考えるかどうかは、使いやすくわかりやすいユーザインターフェースや自動的に正しい計算が実行されるといった計算堅固性などに依存します。当グループではタンパク質に特化したユーザインターフェースや機能を提供することにしていますが、将来、ナノテク分子の取り扱いが便利なユーザインターフェースや機能が提供されることになれば、この分野に参入できるものと考えられます。この分野ではやはりカーボンナノチューブ(図4)やデンドリマー(図5)などの新素材が魅力的です。どんな不純物をどこに配置させると望みの(あるいは思ってもみなかった)物性が得られるのか是非シミュレーションから明かしてみたいものです。特にこのような炭素分子系はProteinDFシステムが得意である場合が多いと考えられます。





図4 カーボンナノチューブ。NECのHPより。





図5 デンドリマー。日経サイエンスのHPより。

創薬、タンパク質分子素子、ナノテク分子の研究においては、新しい分子を一から作るほど十分な経験をつんでいませんので、自然界や既存のナノテク分子のアナログから出発し、これを改良していくやり方が主流となるでしょう。これらは計算機シミュレーションが威力を発揮するとともに、近い将来、大規模分子系の科学においても、理論と実験がお互いに交互に先導しあう、よいパートナーとなる時代が来ると確信しています。




4.人材育成

当プロジェクトを完全に理解し、さらに発展させるために必要な知識は、理論物理化学、情報工学、生物化学など多岐にわたるわけですが(図6)、このような人材は現在の日本にはほとんどいません。そのため、本プロジェクトのもう一つの重要な柱である人材教育はプロジェクトによるプログラムの作り方を学ぶこと以上に、今後発展するであろう理論分子生物学という新しく複合的な分野における人材の育成であるといってよいでしょう。ほとんどの連携研究員は、上記の分野のいずれかの専門家です。まずそれを自分の確固たる基盤として、そこから実際に本研究開発プロジェクトを通して自分の専門外であった分野に向かって一つ一つ知識を増やしています。このようなアプローチはどのような職種においても、よい仕事を生み出す方法ではないでしょうか。





図6 次世代量子化学計算にかかわる3つの輪。


 




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